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SS きねんび(後編)

 時々、考えることがある。
 私は、『フェイト・テスタロッサ』というもう一人の娘なのか。
 それとも、アリシア・テスタロッサという命の『続き』なのか。

 一つだけ、確かなことは。

 母さんにとって、私はそのどちらにもなれなかったということだ。

   きねんび(後編)



 始まりはいつも、思い出話。
「―――ピクニックの時のこと、覚えてる?」
「もちろん」
「母さんにあげた花の首飾りから蜂が出てきて…」
「もう大騒ぎ」
 あの時は怖くて慌てて大変だったのに、思い返すととても滑稽で、二人で肩を震わせながら笑いあう。
 
 まるで、ずっと二人でおしゃべりをしていたかのように、気が付けば彼女は私の目の前にいる。
 
 ―――私のオリジナルである、アリシア・テスタロッサは。

 そして彼女の分身である私にも、その記憶は美しい輝きを保ったまま残っている。
 ・・・・・・はずなのに。
「楽しかったよね、川遊び」
 それまで自然に成り立っていた会話に、私は突然違和感を覚える。
「でも、私が足を滑らせてから『危ないから』って連れてってくれなくなっちゃったんだよね・・・・・・」
 そう、だっただろうか。
 川になんて、行ったことがあっただろうか。だとしたらどこの川だっただろう。
 沈黙を続ける私に気付き、アリシアは首を傾げる。
「一度だけ、行ったことがあったでしょ? ・・・・・・忘れちゃったの?」
「・・・・・・あっ! そうだね、思い出した!」
 責められているような気配を感じとった私は、反射的に明るい口調でそう答えてしまっていた。
 ・・・・・・アリシアが、嘘を言うわけがない。
 ならば、どうしてわからない?
 私は彼女の記憶を受け継いでいるはずなのに、何故?
 そんな動揺を悟られないように、気が付けばアリシアの言葉に相槌を打つだけになっていた。
「そ、そうだね。あの時も楽しかった・・・・・・」
「・・・・・・嘘つき」
 それまでの明るかった雰囲気が嘘のように霧散して、私は息を呑む。
「・・・・・・どうして合わせようとするの? 私、もう随分嘘しか言ってないよ」
 じゃあ嘘つきは私の方だね、とアリシアは舌を出す。
「今までの話、どこまでが本当で、どこからが嘘か・・・・・・わかるよね?」
 不器用な私は、一番肝心な所で相槌を打つことができない。
 さっきまでは確かにあった、アリシアから私に向けられていた暖かい『何か』はもう姿を隠してしまった。
「・・・・・・わかるでしょう? 貴女は『私』なんだから」
 私が知っていて惚けているだけだと思い込んでいた彼女の声も、段々と怪訝を纏っていく。
「まさか・・・、本当に忘れてしまったの?」
 その言葉を否定したところで意味がないことくらいわかっていたけど、黙っていることが良くないことだってこともわかってはいた。
 でも、気の利いた言葉の一つも出てこなくて、結局沈黙が答えになってしまう。
「可哀想な母さん・・・。母さんは貴女の優しい嘘にきっと喜ぶんだろうね・・・」
 その口調は、私を責めるのでは無く、単に母を哀れむだけの言葉だったんだと思う。

「・・・・・・ごめんなさい」

 零れ落ちた謝罪は、誰へ辿り着くこともなく。
 ただ、虚空を彷徨っていた。


   *******


「フェイトちゃん」
「・・・・・・なのは?」
「おはよう」
 くすくすと肩を揺らすなのはの背中に黒板が見えた。その上にある時計の針は重なり合って「12」を指している。
 机をくっつけて、五人でお弁当を広げる。
「フェイトちゃん、疲れてる?」
「そういうわけじゃ、ないんだけど・・・」
 私は本当に眠っていたのだろうか。あれは『夢』というのとは何かが違う気がしてならない。
「今日は暖かいもんねー。仕方ないわよ」
 口元を隠すこともなくアリサは「ふぁぁ・・・」を大きな欠伸を一つ。
「アリサちゃんは寝過ぎ。先生も呆れとったよ」
 みんな笑いながら、楽しそうにおしゃべりをしている。
「フェイトちゃん、本当に大丈夫?」
 なのはに顔を覗かれてドキッとしたけれど「大丈夫だよ」と誤魔化す。
 こういう考え方が良くないことだって、わかってはいるけれど。
 今日は何だか少しだけみんなが遠い・・・。

 暖かな時間。
 私の選んだ未来。
 囚われ続けていた、過去との決別。
 フェイト・テスタロッサの始まり。

 その代償なのだろうか。
 記憶が、段々と薄れ始めていた。
 アルフとたった二人で見知らぬ世界を流れ歩いていた頃。
 寂しさを誤魔化し続けていたその時に、私を支えていてくれた、記憶たちが。
 アリシア・テスタロッサとしての、記憶たちが。


   *******


 気が付けば目の前にいるアリシアに、私は少しずつ恐怖心を抱くようになっていた。
 これが前に見た夢からの続きなのか、アリシアの表情からは読み取れず、逃げ出すことも出来ない私は、彼女の次の一言に常に怯えていなければいけなかった。
「母さんは、元気?」
 嘘でも良いから「元気だ」の一言さえ出せれば、彼女を安心させてあげられたのに。
 一気に色んな事が溢れ出してきて、喉を詰まらせてしまう。
「どうしたの?」
 つまりは、一番聞かれたくないことを聞かれて、動揺していたのだ。
「・・・・・・まさか、母さんに何かあったの?」
 表情を曇らせるアリシアに答えたのは、私ではなかった。
「母さんはもういないんだ」
 現れたのは私たちによく似た、もう一人の『私』だった。
「そんな・・・」
 アリシアの血の気が、目に見えて引いていくのがわかった。
(余計なことを言わないでっ!!)
 そう叫ぼうとしたのに、口を開いても声が出なかった。
 そして、闇の中から私がもう一人現れる。
「アリシアを追って、次元の彼方へと消えたんだよ」
(これ以上、アリシアを傷付けないで!!)
「私はね、それをただ黙って見ていたんだ」
(やめてっ! お願いだから・・・)
「追いかけようと、助けようとしなかったんだよ」
 アリシアと、視線が重なる。
 彼女の眼が「違うよね? そんなの嘘だよね?」と問いかけている。
 私は金縛りにあったように動けず、首を振って否定することすら叶わない。
「フェイトはね、違う人の手を取ったんだよ。母さんじゃない人のをね」
 それまで『私』だった偽物たちは、いつの間にか『アリシア』になっていた。
「フェイトは私たちのことを捨てたんだよ、私たちのことが嫌いになったんだ」
(ちがう、そんなんじゃない!!)
 叫ぼうにも声にはならず、アリシアを取り囲む偽物たちを鬼の形相で睨み付ける。
「・・・・・・どうして? ねぇ、何で?」
 瞳に溢れた涙が、言葉と共に流れ落ちる。
「返してっ! 私の母さんを返してよ!!」
 アリシアは私の胸に飛び込み、握りしめた拳で何度も私の胸を叩いた。
 嗚咽混じりの糾弾に、私の全身は震えだしていた。
 やがてアリシアは殺意の籠もった視線を私へと向ける。
「許さないよ・・・」
 ひっ、と無意識に小さな悲鳴を上げていた。
 立っていることが出来なくて、膝から崩れ落ちてあとずさる。
「フェイトが・・・母さんを殺したんだ・・・・・・」
 何人ものアリシアの声が私を取り囲んで、私は悲鳴を上げてうずくまった。
 それでも彼女の声は私の頭の中に響き渡る。

「赦さない・・・・・・。貴女だけ幸せになるなんて・・・」


   *******


 ・・・・・・また、か。
 見慣れた天井に、ここが保健室だと気付く。
 体育の授業でグラウンドを走っていたところまでは覚えている。
 ってことは、また貧血で倒れちゃったのか、私・・・。

 アリシアの叫びが、耳から離れてくれない。
 「母さんを返して」と。「貴女だけ幸せになるなんて赦さない」と。

 私が『アリシア・テスタロッサ』になれたのなら、母さんは壊れなかったのかもしれない。
 でも、私ではだめだった。

 母さんは終ぞ、私を見てくれることはなかった。
 私の姿に、アリシアの魂を求めていた。
 私のことを見ているのに、フェイト・テスタロッサを見てくれたことは一度としてなかったんだ。
 本当はわかっていた。ずっと、前から。
 でも、気が付かない振りをして、いつの間にか心が完全にふたをしていた。
 アリシアを演じてあげられなかった私は、確かにアリシアから母さんを奪った張本人なんだ。
「・・・・・・ごめん、ごめんね」
 一滴が目尻から伝い流れる。
 宙に漂う言葉を受け止めるようにそっと頬に触れた感触に、私ははっとした。
 そして、ひとすじの跡を優しく拭ってくれた、柔らかい指先。
 見るとそこには慈愛に満ちた優しい微笑みが。
 何も言わず、無条件に私という存在を赦してくれる、唯一の人。

 君はどうして・・・・・・。
 いて欲しい時に、必ず隣にいてくれるのだろう。

 嬉しくて安らいで、でも、同じくらいの不安にも襲われる。
 私は、貴女がしてくれたほどに、貴女に何かをしてあげられていますか?
 溢れ出しそうになるものに込められた感情の正体が、自分でもわからない。
 それを振り払うようにベッドから身体を起こす。
「・・・・・・まだ寝てなくて大丈夫?」
 という彼女に、大丈夫もう平気だから、と答える。
「じゃあ私はこっち」
 と、ベッドの空いたスペースに腰を下ろす。
「うん、顔色はそんなに悪くなさそうだね」
 肩と膝が触れ合い、蒼い瞳に見つめられて私は思わずどきりとしてしまう。
「でも、もう少しこのままでいてもいい? ちょっと疲れちゃった・・・」
 肩に掛かる彼女の頭の重さが何だかとても心地良い。
 私は心の中で、どうか保健室に誰も来ませんように、と願った。

「あのね・・・」
 裁判の時、心配してよく声を掛けてくれていたお婆さんがいた。
 犯罪者である私は皆にとって忌むべき存在であるのだと思っていたので、優しく接してくれる人がいるということはとても意外なことだった。
 その人に言われた。お母さんとお姉さんの分まで幸せになるんだよ、と。
 でも、それって違うと思ってる。
 色んな人に会って、なのはと出逢って『幸せになっちゃいけないんだ』って、考えるのはやめた。
 ちゃんと生きて、幸せになれるように努力しようって思うように心掛けてきたし、最近はやっと自然にそう思えるようになってきた・・・。
 でも・・・。
 母さんとアリシアの分まで、っていうのは・・・違う・・・・・・!
 私が二人から奪ったのに・・・。それすらも自分のものになんて・・・・・・!
「・・・・・・なんでもない」
 話そうと思っていた言葉たちを呑み込む。
 怒りとも付かないような、こんな心持ちで吐き出してしまったら、なのはを困らせてしまう。
「・・・そっか」
 言いかけてやめた私を、なのはは責めもしなければ、聞き出そうともしない。
 なのはの優しさに、自分が情けなくてしょうがなくなる。
 拳が、震える。
 多分、私はずっと嘘をついていたんだ。
 本当は、どうすればいいかわからない。

 なのは、幸せになるには、どうすればいいの?
 ねぇ、なのは・・・・・・。

 震える手がそっと包み込まれる。
「フェイトちゃん」
 それだけで不思議なくらいに、震えは治まって。
「ちょっとだけ・・・寄り道して帰ろうか」
 立ち上がったなのはの手の中に私はまだ包まれたままで、気持ちに何一つ整理なんて付いていないのに、その温かさに身を委ねて流されてしまう自分の弱さがやるせなかった。


「こっちまで来るのって久しぶりだね」
 なのはに手を引かれて辿り着いたのは、海鳴公園の浜辺だった。
 夕焼に染められた海は赤くきらきらと輝いている。
「実は私は時々来てるんだ」
「そうなんだ?」
「そうなの」
 公園はよく訓練で来るものの高台がメインなので、波打ち際まで海の近くに来るのは本当に久しぶり。
 何となくひっかかったのは「空が大好き」っていうイメージのなのはが「海も好きだったんだろうか」という事以上に「なのは、一人で来てるのかな・・・」だった。
「ごめんね、フェイトちゃん」
 悶々としていたところに突然謝られて、私は目を瞬かせる。
「本当は私たち、フェイトちゃんのこと放っておいてあげるのが一番だと思うんだ・・・」
 どういうことだろうか、と私はなのはをじっと見つめる。
「フェイトちゃんは自分のこと、自分でちゃんと決められるのに、周りが色々余計なこと言っちゃうから混乱しちゃうんだよね・・・」
 自嘲の笑みを浮かべるなのはに、どきりと心臓が跳ねる。
「そんなに簡単に色んな事、いっぺんに受け止められるわけ・・・ないのにね。ごめんね・・・」
「そ、そんな・・・こと・・・」
 正直とても驚いていた。私が何も言っていないのに、なのははそこまでわかってくれたのだろうか。
「わかってる。待っててあげないとだめだって。でもね・・・」
 ぎゅっと私の服の裾を掴み、今にも泣き出しそうな顔をして、私を見上げる。

「ほっとけないの・・・」

 一陣の風が、ふわりと通り抜けた。
 そっか・・・。わかった、わかったよ、なのは。

「・・・フェイトちゃん? にゃっ!!」
 沈黙を続ける私の顔を覗き込んできたなのはを、正面からぎゅぅと抱き締める。
「ふぇ、ふぇ・・・ふぇいとちゃ・・・」
「ごめんね、なのは。・・・ありがとう」
 私の胸から離れたなのはは、恥じらうように俯く。
「い、いきなりだとびっくりするよぅ・・・」
 まだどきどきしてる、と胸を押さえるなのは。
 ぱんぱん、と頬を叩いて頭をぶるぶると振ったなのはは紅く染まる海を前に、大きく息を吸い込んだ。
「ふぇーいーとーちゃーんっ!! ごーめーんーねーっ!!」
 突然なのはが水平の彼方に向かって大きな声で叫ぶ。
「なのは?」
 私が目をぱちくりさせていると、
「ほら、フェイトちゃんも」
 と、手を取られるままに立ち上がる。
「こういう時は思いっきり叫ぶとすっきりするかもだよー。ほら、誰もいないし」
 にゃはっ、と笑顔を見せるなのは。
 なのはの笑顔を見ていると本当にそうなのかも、と思えるから不思議。
「フェイトちゃんとけんかしちゃった時とかはここに来て叫ぶんだよ。『フェイトちゃんのバカーっ』とかね」
「もぉ、なのはってば・・・」
 いたずらっぽく笑うなのはに、思わず頬が緩んだ。
 何を叫ぶかなんて、まるで思い付かないけど、まぁいいや。
 ふぅ、と一息。そして、すぅぅ・・・と思い切り空気を取り込んで、

「なのは、大好きーーーーーっ!!」

 これまでの憂鬱を振り払うように叫んだ。
「ちょっ、ふぇ、ふぇいっ…、何でっ!?」
 さっき誰もいないよ、って言ったのはなのはなのに、周りをきょろきょろ見回しながらあたふたしている。
「どうしたの、なのは?」
 夕焼に照らされて気が付かなかったけど、どうやらなのはは顔を羞恥に染め上げているみたいだった。
「ふぇ、フェイトちゃん・・・私のこと・・・・・・」
「うん、なのはのこと『も』大好きだよ」
 なのはは一瞬目を点にして、にゃはは・・・と乾いた笑いを浮かべた。
「そっか・・・そうだよね・・・・・・」
 気のせいかな? なのはがしぼんだように見える。
「でもね・・・、なのはへの『好き』はちょっと特別なんだ」
「・・・・・・えっ」
「上手く言えないけど、大好きな人の中で誰と一緒にいたいかって言われれば、迷わずに『なのは』って言うと思うし・・・えっと・・・・・・」
 あれ? 何でだろう。言ってて何だか急にすごく・・・恥ずかしく・・・なってきた・・・・・・。
 凄い発熱量。自分でもわかるくらい。
 私、どうしちゃったんだろう・・・。
 すごく・・・、すごく心臓が苦しい。
「はぅ・・・・・・」
「ほら、わかったでしょ? これってすごく恥ずかしいんだよ?」
「ごめん、なのは・・・・・・」
 二人で真っ赤になってしばし俯く。
 何だか気まずい沈黙・・・。
「でも、嬉しかったよ」
「・・・えっ?」
 驚いて顔を上げたけど、見えたのはなのはの背中だった。
「帰ろう、フェイトちゃん」
 振り返ったなのははもう、いつものなのはだった。


「なのは」
 部屋のベッドに仰向けになりながら、大切な人の名前を呼んでみる。
「なーのはっ」
 不思議。どうして君の名前だけ、こんなにも呼びたくなるんだろう。
 呼べば呼ぶほどに会いたくなって苦しくなる。
 アリサやすずか、はやては知っているらしいけど。
 その気持ちの正体が何なのか、今の私にはまだわからない。
 でも…大切に、少しずつ育てていきたい。
 そんな素敵な気持ちであることだけは確かだった。

 もう、五月も終わる。
 明日からは、衣替え。
 夏服のなのはに逢える。それは、何て素敵な―――。
 考え始めたらわくわくしてきて、先走った気持ちはカレンダーへと向かう。
 バイバイ五月、また来年!
 そして、数時間早く現れた六月の日々たちの中に、一箇所。
 そこには大好きな人の名前が刻まれている。

 そう。その日こそ、私たちの――――


   *******
   *******


「なのは、悩んでること・・・あるよね」
 私たちは今、揃ってバスに揺られている。
 首都のクラナガンからレールウェイで移動し、そこからバスに乗り継ぐ頃には風景は都会から田舎のそれへと変化していた。
 田舎故か乗客も少なく、前の停留所で自分たち以外の最後のお客さんが下りていった。
「ごめんね、私ってば一人で舞い上がっちゃって・・・。なのはのこと、全然見えてなかった」
 一番後ろの席に陣取っていたから運転手に聞かれることもないし、丁度良いタイミングかな、と私は自分から切り出した。
 なのははどう答えていいかわからずに、困った顔をしている。
「なのは、本当は今日が何の日か、最初からわかってたんじゃない?」
 わたし『たち』って、言っていいのかちょっと自信はないけれど、大切な記念日。
 本当の私が始まった日。
 なのはが忘れるはずがないんだって、それはちょっと自惚れかな。
 でも、なのはの驚いたような表情が答えだった。だとすれば、自ずとその理由も想像がつく。
「あのねっ・・・」
 開きかけたなのはの唇を、そっと人差し指で制す。
「そっか・・・じゃあ調度良いね」
 タイミング良くバスの運転手が次の停留所を告げると、なのはは虚を突かれたような顔になる。
「行こうか」
 バスの扉が開き、私はなのはの手を取った。


「ここが・・・フェイトちゃんの育った場所なんだ・・・」
 私がアルフと一緒に育ち、リニスや母さんと共に過ごした土地、アルトセイム。
 遠くに連なる山々と生い茂る森。そこに到るまでの広大な丘と草原。
 目に入る範囲に人の気配はなく、自然がそのままの姿で残っている。
「すごい・・・・・・」
 そよめく風が丘の草原を走る景色に、なのはは目を奪われている。
「時々、ここに来るんだ」
 風に乗って届いた声に、なのはは我に返ったようだった。
「何となく・・・だけど、母さんに、リニスに触れられる気がするんだ」
 それに答えるように吹いた風がお互いの髪をなびかせる。
「なのはと一緒に、ここに来たかったんだ・・・」
 風を受け止めたなのはは目を細める。
「私のこと知ってほしかったし、何よりも聞いてほしいことが・・・あるんだ」
 まずは、そのための準備をしよう。
「花を摘みに行こう。あっちにたくさん咲いているところがあるの」
 たとえアリシアの記憶でも、変わらない事実。
「―――母さんが好きだった花が」


「お久しぶりです、母さん、リニス、アリシア。早いですね、あれからもう一年になります」
 摘んできた花を一箇所に供えて、私はかつて館のあった方向に向かって語りかける。
 握りしめたなのはの左手が勇気をくれる。
「今日は言いたいことがあって来ました」
 ぎゅっと握りしめると、なのはも応えるように握りかえしてくれた。
「ごめんなさい。みんなを助けられなかったのは私のせいです。本当にごめんなさい・・・・・・」
 謝ったところで、それが自己満足にしかならないことはわかってる。
「たくさんの人に優しい言葉をもらいました。でも、やっぱりこれは私にとって変えることの出来ない事実です」
 でも、こうして言葉にしないと周りの優しさに甘えてしまう・・・。
「私に生きている資格なんて無いのかもしれない・・・・・・でも・・」
 これだけは私が一生向き合っていかなければいけないことなんだだと思ってる。
「私、生きたいんです。生きていたいんです・・・・・・」
 そうしないと、この望みを口にすることが赦されない気がするから。
「守りたい人たちが・・・、幸せになってほしい人が・・・いるんです」
 たった一年という短い時間だったけど、驚くくらいにたくさんの出会いがあって、人と出会うということが、人とふれ合うことがどんなに素敵なことかわかったから。
「私は生きます。私を生かしてくれた人たちのために。この罪を背負って、逃げずに」
 全部、受け止める。受け止めてみせる。
「だから・・・見ていてください。私のこと、私たちのこと・・・」
 昔の自分なら、その重さに耐えられなくて潰れていたことだろう。
 でも今は、共に支えてくれる人がいるから。

「―――私はこの人と一緒に、生きていきます」
 アリシア、リニス、母さん。
 ―――私、もう少しだけ頑張るよ。

 また、答えるかのように風が強く吹き、供えた花の花片が数枚、空へと舞い上がっていった。
 ちゃんと・・・・・・届いたかな。届くといいな。
 うん、きっとあの花片たちが届けてくれるよね。

「ありがとう、なのは・・・って、えぇっ!? ど、どうしたの、なのは!?」
「・・・だってっ、だってぇ・・・・・・」
 どうしてなのはが泣きじゃくっているのかわからなくて、とりあえずなのはの頭を胸に抱く。
 なのはは何度も何度も、私の名前を呼んでくれた。

 更に不思議なのは泣き止んだなのはが、すこぶる上機嫌だったことだ。
「フェイトちゃん、帰ったらちゃんとお祝いしようね!」
「そうだね」
「もちろん、ふたりっきりで!」
 甘美な響きに思わず頬が緩んでしまう。
 今までのちょっと気まずい雰囲気なんて消し飛んじゃったから、絶対に楽しいに決まってる。
「今日の夜はもう、絶対ずっと一緒にいるの!」
「・・・なのは、明日学校だよ」
 腕に抱きついてきたなのはに、嬉しさを誤魔化そうと私は明後日の方向を向いて言う。
「あー、フェイトちゃん。ふたりのきねんびにそーゆーこと言うんだー」
 ぶすーっとするなのはに私は慌てる。
「ご、ごめんっ。そうだよねっ! もう、学校休んじゃおうか!」
「あー、フェイトちゃんってばずる休みだー。いけないんだー」
「むー・・・、なのはのいじわる・・・・・・」
 って、視線が交差した瞬間、ふたりで一緒に吹き出して笑う。

 これが、私たちの最初の記念日。これから先もずっと特別であり続ける日の最初の一日。
 お互いに少しだけ染まる頬。いつもよりも熱いお互いの手のひらの温度。期待に弾む胸の鼓動。
 さあ、これからがその本番。

 今日という日は私たちにとって、忘れられない最高の一日になるだろう。


   *******


「フェイト・・・・・・」
「ごめん、アリシア!」
 私は勢いよく頭を下げた。
「母さんはもういないんだ! 私のせいで、母さんは次元の彼方に・・・。アリシアのことも助けてあげられなかった。本当にごめんなさい!!」
 気の済むまで罵ってくれて構わない。これは私の罪なのだから。
「・・・・・・違うよ、誰も・・・悪くなんてない」
 でも、私の思いとは裏腹に、アリシアの声はとても優しい響きを持っていた。
 頭を上げると、姉は困ったような笑顔を浮かべていた。
「もぉ、ようやく正直になったね・・・」
「・・・え?」
「知ってたよ、とっくに」
「・・・そうなの?」
「そうだよ。フェイトってば必死に隠そうとするんだもの」
 上手に嘘なんて吐けないのにね、と肩を震わせる。
「ちょっと意地悪だったかな」
 むぅ、と頬を膨らます私に、アリシアは微笑んで見せる。
「でもフェイト、いい顔になったよ」
 そっと頬を撫でられると、あぁやっぱりこの人は私の姉さんなんだなと思う。
「もう、行くんでしょう?」
 驚く私に、アリシアは呆れたように苦笑する。
「フェイト、さっきからそわそわしてるんだもん」
 待ってる子がいるんでしょう、と聞かれ、私は迷い無く「うん!」と首を縦に振る。 
「今度、ゆっくりその子のお話し聞かせてね」
「うん、約束するよ」

 もしかしたら、もう会うことはないのかもしれない、という予感はあった。
 でも、また会うことがあったのなら、たくさんの幸せをお土産にしよう。

「じゃあいってらっしゃい、フェイト」
「うん、いってきます! アリシア」


(おしまい)



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テーマ : 魔法少女リリカルなのは
ジャンル : アニメ・コミック

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高町屋

Author:高町屋
高町屋は「魔法少女リリカルなのは」の二次創作を行う創作集団です。【Since 2008.11】

↓↓↓リリカルなのはの二次創作、同人活動をしている方、マイミク/マイピク募集中です。お気軽にどうぞ♪mixi pixiv Dolce

≪MEMBER≫
高町きよ:高町屋代表。企画・二次原案担当。とにかく筆が遅い。ふと気が付くと、脳内ではなのはとフェイトがいちゃいちゃしている。

木村由宇:高町屋絵師。HP管理人。振り回される方。苦労人。気が付けば一番精力的。どんなに忙しくても締め切りはちゃんと守る。見習え、代表。

幼専士タチバナ:真性のロリコン。ここ最近の高町屋の影の功労者。事務能力皆無の代表をサポートすべく、イベント参加率は絵師より高いかも。

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リリカルプリキュア(2)


【長編】魔法少女リリカルなのはNightmare(59)
  第十三話
  第十二話
  第十一話
  第十話
  第九話
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  第七話
  第六話
  第五話
  第四話
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  第二話
  第一話

SS(7)
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(ViVidとForceの間?/なのは、フェイト、ヴィヴィオ)
  きねんび(後編)
  きねんび(前編)
(A's/なのは、フェイト)
  じぇらしー
(ちゅーなの/なのは、フェイト)
  わたしのままとまま
(StS/なのは、フェイト、ヴィヴィオ)
  わがまま
(A's/なのは、フェイト)
  ぱぱ?
(StS/なのは、フェイト、ヴィヴィオ、機動六課)

漫画(22)
  勉強会⑦+⑧
  勉強会⑥
  勉強会⑤
  勉強会④
  勉強会③
  勉強会②
  勉強会①
  わがまま
  今は反省している。
  休日の過ごし方②
  休日の過ごし方
  戦場では一瞬の判断の遅れが死を招くんだ!
  共働きの核家族でありがちな風景
  間接キス⑤+⑥
  間接キス④
  間接キス③
  間接キス②
  2時間15分59秒。
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  ふーふー

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